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20年目の記憶(あるバイクの話)4

さてオイラのファットボーイショックは、ここで散々書きましたがなんと言っても衝撃的だったのはあらゆるバランスだったと思います。

バイクの基本動作は「走る、曲る、止まる」ですが、この91‘ファットボーイはどれもバランスしていたのです。
ノーマルでスポイルされているとは言え、300kgを超える車体を軽々引っ張るトルク、
常に安定した姿勢を保てる足回り、
パッドが改良され、効き、タッチとも改善したブレーキ。

どれも純正パーツのままですから特別なものではないのですが、それがすごくバランスしている。
その状態で走るファットボーイは交差点でも擦ってしまうフットボードの浅いバンク以外は、
883より速く走れてしまうのです。

もうこのときの疑問が延々と今までオイラに883をいじらせています。
もしこの時、883を手放してしまっていれば、このブログはビッグツイン馬鹿一代だったかもしれませんね(笑。
ところがどっこいその良さを883にフィードバックしようとしてしまう、偏屈もののため同じバイクに
20年も乗ってしまいました。

タイヤを換えてぐっと良くなった走りのフィーリングですが92‘ごろは車体周りの見直しが主でした。
この頃は良く上野に行ってましたね。
今は無きコーリンですが、評判は評判として、いろんなスペシャルパーツが実際に見られることに
意義があるのでせっせと通いました。
本当に信頼できる店員さんとも会うことができ、彼のアドバイスは的確で信用できるものでした。

そこでまずダンパー不足で収まりが悪いリアサスをコニ変えます。
それもノーマルより少し長めの350mm(89‘純正は343mm)。
ハーレー用ではありませんでしたが、長めのストロークとそれを良く制御するダンパー。
固めですが高荷重では良く動き、ぐっと挙動は安定しました。
そして何よりも値段が安く、その割には高速向きのサスだと思います。
しかしそうなれば当然おつりはフロントに来ます。
この頃は結構いろんな数値が出回りは締めている頃だったので、フロントのオイル量を増やし、
粘度を上げることで、無駄に動くことも無くなりぐっと落ち着きます。

これによりノーマルではフニャフニャのグニャグニャだった足回りがしっかり路面をつかめるようになったと思い、この頃やっとスポーツスターの走りに面白みを感じ始め、売ることをやめせっせといじり始めたわけです。

車体周りがしっかりしてくると今度はパフォーマンスを考えます。
93‘だったでしょうか?、ダイノジェットが正規輸入されることになり、雑誌の紙面でも特集が組まれるように
なり、手を出しました。
それまでクソキャブと言われたCVがどう変わるのか確かめてみたかったのです。

そのパフォーマンスは驚くべきものでしたが、セッティングチャートは決して883向きではなかったため
あれやこれやとセッティングの出し方のお勉強が始まります。
CVキャブのパーツを交換し、そのものを加工してパフォーマンスを向上させるやり方は、一見酷く
単純なことですが、そんなことでどうして変化がおきるのかの興味が、スポーツスター以上に
CVキャブレター馬鹿にオイラをしてしまいました。

散々セッティングして10番飛びしかないメインジェットでニードルの段数を変えまくりやってみて、
MJは#170に落ち着いたものの無いかしっくり来ない。
元々レーシングパーツなので、加速重視で作られているため。スロットルを開けている時は良いのですが、
巡航に移るとどうしても濃いスポットがでてしまい、ツキが遅れたり燃費が落ちたりしてしまうのです。

この解決は883レースが始まり#165のMJが出回るようになって一応の解決を見るのですが
実際はニードルの細さやテーパーなども関係してくるため、単純には行きません。
そのうちニードルのクリップ段数の中間を狙いたくてワッシャーをかまして中間の段数も試してみました。

純正もそうですが、初期型CVの加速ポンプなしのニードルはどの年式よりもテーパーがきつく、
細く、あげくに883用は短いため、そのまま高年式に付けてもパフォーマンスは向上するのですが、
ダイノジェットのそれもおっソロしく細く、決して公道向きではありません。
常に開けろ~開けろ~とバイクに言われているみたいです。
それに伴いスパトラのディスクは18枚まで増量、サイレンサーのグラスウールも抜いてしまいましたが、
音はそれほど大きくならず、音質も落ち着いたものでした。

おかげでやっとなんとなく900ccのバイクに乗っている気になり始め、ビッグツインでは比較的のんびり
走り始めたことから883をぶん回して遊び始めました。
よりパフォーマンスを上げるため、点火系の電装はすべてスクリーミンに変更し、ブレーキパッドはプレミアム
に換え、ようやくファットボーイで感じたバランスをスポーツスター流に手に入れたときはすでに94‘に成っていました。

この頃になると多くの情報が表に出始めます。
この頃はいじっては走りいじっては走り、ツーリングといいながらタダひたすら走り回っていただけでした。
走ってきてはセッティングを変更してまた走りに行きます。
走ること、いじること、が1番楽しかった頃だったでしょうかね。

スペシャルパーツを使ったすばらしいモデファイではありませんでしたが、軒下チューンを繰り返し、
883が本来持っているパフォーマンスを見ることできるようになり、やっと883を買った事を納得できるように
なったのはこの頃でしょうか。
この頃は走るが楽しく、休日はいつもバイクに乗ってましたね。
by jyai883 | 2009-11-13 21:19
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