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こんなのもいいですね

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最初のタイプ3で行ったCR化の後、ファットボーイをどうしようか考えていたことがありました。
どうにもまとまらず、乗らなくなったファットボーイに再び乗り出すきっかけには、
なりませんでしたが、そのときにこの画像があったら、勢いやり始めていたかもしれませんね(笑。
画像はインディアン、それもスーパーチャージャーつきのレコードブレーカーですが、
このくらいならスポーツスターでもカッコいいかもしれなし。

まあビッグツイン、それもファッツやるなら、最後までメーターダッシュの行方で悩んだでしょうが、
アルミ地肌の外装にクロームイエローのフレームもカッコイイ。
ビッグツインをどれくらい小さくまとめることができるかが、そのときのテーマでしたが、
結局CRのようにはまとまらず、そのままドナドナしてしまいました。
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by jyai883 | 2011-02-27 21:25

スポーツスターを考える

‘11モデルで1200Lが最終になる事を知りました。
日本向けには、まだ883Rがありますが、本国ラインナップからすでに消えていますから、
スポーツスターのカスタム、ツーリング路線はより明白になり、スポーツ路線はXR1200X
という住み分けは、完成ですね。
そのうち今まであったF19、R16モデルは無くなるのではないかと思います。

確かに古いスポーツスターはF19、R18であり、よりツーリング色が強いF19、R16の
ホイールサイズに統合された経緯は過去にありましたが、そのバイクでスポーツすることが
楽しかったスポーツスターは、もう完全に消え去り、本気で走るならXR,ツーリングには
スポーツスターと言う流れになったんでしょうね。

そもそもスタンダードモデルが消え、カスタム色が強くなり、さらにはツーリングモデル化
されて来て、オイラが知ってるスポーツスターは過去のものになってしまいました。
多分オイラが思うスポーツスターにするためには、1度元に戻すと言うか、
オイラが知ってる形に戻すことになるでしょうから、面倒ですね。

以前からSTDが残っているうちは大丈夫と思っていましたが、違う形がスタンダード化
している以上、オイラが知ってるスポーツスターは完全に消えたと言うことでしょう。
そのうち完全に16インチ化されてしまえば、名前だけが残ることになるでしょうね。

まあ市場調査とニーズの関係から、そのような方向性を打ち出したカンパニーに文句を
いう気はありませんが、オイラ的には非常に楽しいバイクだったので、少し寂しく思います。
エンジンやシャーシなどは確かに良いデキだと思うし、足回りにちょいと手をいれれば、
そして、規制された点火系をどうにかすれば、今までに無かった走りができただけで、
それができなくなる方向に作られていったのは残念です。

まあ今のスポーツスターに乗っておられる方は、確かにそれを気に入ってお乗りになっている
訳ですから、オイラの言うことはただの文句いいに過ぎないと思いますが、
まあ以前のスポーツスターが思った以上に面白いバイクだっただけに、
そこが残念です。
今更ソリッドマウントフレームのスポーツスターの方が良かったなんて言いませんが、
少なくとも以前にあったスタンダードなモデルのほうが、楽しかったと思います。

まあファットボーィなどのビッグツインは、ちょっと交差点で突っ込みすぎたくらいでも、
直ぐにフットボードを擦るようなバイクでしたが、特にコーナーリングでも問題はなく、
ここで終わりですと、ステップボードを擦り始めたら、スピード緩めてゆったり走れば
良かったのですが、これからのスポーツスターも、あのステップの高さだと
そんな乗り方になるんですかね。
まあラインナップ的に、スポーツするならXRってのが強調されてますから、
あえてスポーツスターを選択しなくても良いわけですが、XRではなくあのスタイルで
走りたいとなると、ちょっと面倒くさいですね。

スタイルのビッグタンク化も進んでますから、そのうちスポーツスターは知らないバイクに
なりそうですね。
ん~しっかりしたフレームと良く回るエンジンがもったいないような気がします。
これはあくまでオイラの個人的意見ですが、本当にスタイルカスタムしかできなくなって
きたような気がしますね。
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by jyai883 | 2011-02-22 17:49

たまには違う話4

そういえばこんな本もあります。
戦艦武蔵を書いた吉村昭氏が書いた、「戦史の証言者たち」という本です。
これは著者が小説を書くにあたって、多くの証言者のインタビューを取って歩いた
フィールドノートから実際に会ってしたインタビューを中心に書かれた本です。
この本は著者のいくつかの作品の中に、実際に登場する人物とのインタビューですが、

戦艦武蔵の進水に関わり、世界最大の船台からの進水を可能にした、老技師。
「戦艦武蔵」

海軍甲事件として知られる連合艦隊司令長官 山本五十六の遭難事件において、
護衛にあたっていたゼロ戦パイロットのただ一人の生き残りの方。
「海軍甲事件」

海軍乙事件としての同じく司令長官を引き継いだ古賀峰一遭難で、セブ島において
アメリカ人に指揮されたゲリラに捉われてしまった、連合艦隊参謀長福留中将救出に、
実際に携わった陸軍大隊長。
「海軍乙事件」

この二人の連合艦隊司令長官は、旗艦として同じく戦艦武蔵に座乗し、同じく航空機によって
遭難し、その後2度と連合艦隊司令長官は、武蔵に乗ることなく、また司令部が海上に
出ることもありませんでした。

そして戦時中、昭和19年、瀬戸内海で事故を起こし沈没してしまった潜水艦伊ー33の
事故において水中脱出を試み、生還した二人の乗組員。
そして昭和28年、潜水艦はサルベージされ、それを実現した元海軍工廠技師だった
サルベージ会社社長。
そして潜水艦浮上時にいち早く船内に入り、取材を行った新聞記者。
「総員越シ」(未読)

この当事者しか知りえない事実のインタビューが実際に目に出来たことは、
実際に読んだ小説が、2倍も3倍も深みを増したような気がします。

事実を多くの事を含んで事実であり、実際にオイラが知っている、またはそのような気に
なっているのは、そのほんの一局面に過ぎないと思います。
そのように実際に知りえない部分や局面に光をあて、見せてくれると、また考えは変わって
感じます。

人の歴史の多くは、実は事実のほんの小さな局面を、知っているつもりになっているだけかも
しれません。
そうだったと教えられれば、それ以上疑うこともなく、日本史や世界史の時間に教えられている事を
事実として、認識しています。
しかし本当は、そこに生きた人以外、また生きていた人でもその全体は見えないでしょうから、
事実を知ることは、非常に難しく、また多くの見え方がある事をこれらの本を読んでいて、
思い知らされるのです。
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by jyai883 | 2011-02-21 19:11

たまには違う話3

いきなり戦艦武蔵から大脱線してしまいましたが、戦艦武蔵に関する本はいくつかありますが
多くはありません。

オイラが読んだのは、新潮文庫「軍艦武蔵」手塚正巳著これは文庫本ならがら上下巻1200ページを超える大作ですが、
著者がドキュメンタリーなどを撮影していた演出家ゆえに、非常に丹念に資料、
証言などの取材を行い、当然登場する方々へのインタビューもしていますから、
書き出される場面やせりふが非常にリアルです。
余計な感情や思想を挟まず、恐らくあったであろう小さなエピソードやアクシデントまで
本人の証言を元に再現しているため、小説も異なった感じになっています。
実際資料や証言によって武蔵を中心とした、当時の海軍やエピソードの関わる艦船の
乗員までも丁寧に取材していますから、客観性、中立性もあり、読者本人がどのように感じるか?、
どのように思うか?が非常に大切に扱われていると感じるのは、著者もまた知って見たいと思っている
こちら側の方なので、作為が無いのです。

武蔵はレイテ海戦初頭、シブヤン海で沈みます。
大和のような敵航空機により撃沈されたわけではなく、多数の攻撃にも耐え、攻撃では沈みませんでした。
ゆえに比較的生存される方も多いはずですが、武蔵乗員にはその後に過酷な運命があり、
それらも丹念に書かれ、知らなかった部分のさらに知らない部分まで丁寧取材され、
書き出されています。
戦記物には兎角戦闘場面の悲惨さを強調したり、登場人物の武勲を褒めそやかすものもありますが、
淡々と事実を脚色を持って書き連ねていく手法は、ドキュメンタリー作家ならではでしょうね。
多くの事実を物語としてつなげている感じです。

そして同じような手法で、建造の苦難と努力を書き出したのが、吉村昭著「戦艦武蔵」です。
ここで労苦の中にもがき、苦悩し、問題克服していく民間会社に働く、技師や技手、職工の
人生が書き出されています。
戦艦武蔵この作っている人々も知らない戦艦の名前。
家族にも行き先や何をしているのかもいえない苦悩、当然のように行われる身辺調査。
建造艦の異常なまでの秘匿性とその統制。
地形上の秘密保持に対する、長崎全体を巻き込んだ異常な戦時統制。
今だったら大騒ぎなくらいの大規模な、秘密保持が軍民官によって行われた事実。
国家機密とはそして秘密兵器とはこうまでも厳重なものなのかと、知らされます。
それより増して、技術的に、手法的に、そして時間的に、苦悩し手段を講じる多くの技師や技手、
職工達。
今もてる100%を120にも130にもしようとする研究や実験。
まさに全ては「現場」にあると思わせる臨場感。
現在の造船技術の多くがこのときに生み出されたその「現場」の空気がそのまま再現されているようで、
オイラはこの本に鷲づかみにされ、「戦艦武蔵」に捉えられたといってもいいでしょうね。

「戦艦武蔵のさいご」渡辺 清著「戦艦武蔵の最後」塚田義明著は共に、シブヤン海の海戦をハイライトとした、
兵員の目から見た戦艦武蔵の内部が良く描かれています。
同じ戦艦でも立場や階級によって当然見え方は違います。
これは一般社会でも同じことでしょう。
ましてや巨大戦艦と言いながらも、乗組員3000人に見たいない小さな社会で、ましてや
逃げることも、訴えることも出来ない狭い空間では、縮図のように良いことも悪いことも
起こるでしょう。
そんな見たままありのままを感じることが出来ると思います。

人気のある戦艦大和は、最後の沖縄攻撃華々しく散り、多くの人の記憶に残りました。
戦艦武蔵は、強力だったゆえに撃沈は免れ、生き残り、そして置いてきぼりの中、
沈んでいったので、記憶されることは少なかったと思います。
共に秘密兵器であり、一般には秘匿され、うちの親父も戦時中は最大戦艦は長門であり、
その存在は戦後に知ったと言っていたことを思い出します。

この姉妹艦(船は女性ですから)の異なった運命と、そこに生き、任務を全うした多くの人々の事を
知って見たいと思うのは、オイラにとっては自然のことでした。
読んだ年齢にもよりますが、そのときの自分に置き換えると、自分ならどうしたか、
自分ならどう感じたか、考えても考えつくせるものではありませんでした。
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by jyai883 | 2011-02-20 18:55

たまには違う話2

さて帝国海軍は多くの艦長指揮官クラスの方が生き残り、様々な著作やインタビューが
本として残っているのですが、それらを読んでいくとちょっと面白いことに気づきます。
よく日本海軍は旧式な大鑑巨砲主義にあり航空戦力を軽視したために、アメリカに
負けたといいますが、いろんな方のインタビューや著作を読んでいくと、一概には
そうとはいえないフシがあります。

確かに航空機は黎明期を経て、ようやく発展期に差し掛かった時期になります。
大東亜戦争が始まった昭和16年当時は正直言って、それほど大きく航空戦力に
期待は無かったのではと思われるのです。
光人社NF文庫に「艦長たちの太平洋戦争」と言う本があります。
この本は生き残った指揮官としての艦長の皆さんのインタビューで構成されていますが、
その中のどなたかの記述に面白いことが書いてありました。
元来軍令部の戦力には航空戦略はなく、戦力的には日本近海における防衛戦略しかなく、
そのため艦隊編成であり、あくまでも艦隊決戦は砲撃戦に重きを置いていたという記述です。
だから航空機を軽視したと言われそうですが、実際は遠洋敵停泊地を強襲し、攻撃占領すると
言うような、侵攻戦略は無かったそうです。
まさに日本海海戦がそうであった様に、国土防衛を主眼にした防衛戦略しかなく、
空母機動部隊などという発想は、当時のどの国の海軍も持っていなかったそうです。

あくまで空母部隊は、戦術的な展開だけで、雌雄を決するのは艦隊による
砲撃戦にあったそうです。
実際戦略として、そのように作戦立案され、それに則って作戦運用されれば、
これほどまでに、大きな負け戦にならなかったのではないかと言うのです。
しかし結果は違いました。
戦術としての航空機および機動部隊の運用を、アメリカは戦略的に展開したため、
元々あった国力の差以上に大きな差が開いてしまったみたいです。

航空機を戦術としてしか考えなった日本とそれを戦略的に考えたアメリカの違いですが、
それに大きく気づかせてしまったのは、日本海軍が実施した、機動部隊による
真珠湾奇襲攻撃であり、それを戦術としてしか考えなかった日本と、大きな軍事的戦略として
気づいてしまったアメリカとの考え方の違いでしょうね。

なぜなら真珠湾の奇襲はあくまでアメリカ太平洋艦隊の殲滅が主眼であり、
空母は取り逃がしたものの、主な攻撃目標は、艦隊主力艦である戦艦郡であり、
そういった意味では大成功であり、作戦とした機動部隊による攻撃はそれ以上でも
それ以下でもないということです。
航空優位を論じたとされる当時の山本五十六連合艦隊司令長官でさえ、戦術上としか
考えておらず、あくまで主戦は艦隊決戦にあったのではなかろうかと思わせるフシは、
真珠湾攻撃総隊長の回想」を書いた淵田美津雄航空参謀によれば、山本司令長官でさえ
ボロクソですから、航空機の戦術的使用と戦略的運用では連合艦隊内のコンセンサスに
違いがあり、ひょっとすると砲撃による艦隊決戦が大東亜戦争で主流をなしていたら、
戦後の世界も大きく様変わりしていたかもしれません。

航空母艦による機動部隊の編成がどれくらい先見的で、戦略的な発想だったか、
今のアメリカを見ればよく解ることで、海洋戦略の軍事上の主流が前大戦以来、変化が無いこと
が解ります。
それをやりながら気づかなかった日本と、やられて気づいたアメリカの違いが雌雄を
決した最大の理由だったと思います。
この戦略は艦艇形状にも大きな影響を与え、戦艦の意味が機動部隊の航空防衛と
上陸作戦の砲撃支援以外見出せなくなり、機動部隊護衛には防空と対潜攻撃を主任務とする
軽巡洋艦程度の大きさしか必要なくなり、上陸支援も航空支援を有効に使えば問題ないため、
戦艦は意味をなさなくなりました。

では現代の湾岸戦争になぜアメリカが戦艦を復活させたかと言うことになりますが、
上陸支援とミサイルプラットホームとして有効であると考えたからでしょう。
沿岸からの支援砲撃なら、主砲の40cm砲撃はどんな支援射撃より強力有効であり
ミサイルのプラットホームとしても広さがあり、多くの搭載が可能で集中運用ができます。
また沿岸部からのミサイル等による反撃に対しても、元々が重装甲の為、現在の艦艇などに
比べても、比較ならない防御が施されていますから、近接支援にはもってこいだったのでしょう。
まあ海軍力を持たないイラクでの話ですから、それ以後再び退役したことを考えると、
有効価値は限定的なものだと考えられます。
現代的電子戦においては、容積はありますから、近代改修をすれば何も問題なく、
アップグレード可能でしょうが、再び退役したことは、そこまでの価値は現代的戦略では
有効性無いことを示していると言えるでしょう。


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by jyai883 | 2011-02-19 14:46

たまには違う話

今日は読書の話をしましょう。
オイラは本を読むことが好きで良く読書をしますが、頭が悪いせいか1度では飽き足らず、
最低でも4~5回は読み返すため、文庫本などはボロボロになり、古本屋でも買ってもらえない
状態になります(笑。
よく読むのは哲学、インド哲学本ですが、これなどは読みすぎて装丁などがバラバラになり、
奥様にはゴミなら捨てろと言われます(笑。
小説はほとんど読まず、思想書も本人が書いたもの以外は読みません。
暗殺された民権運動家マーチンルーサーキング牧師の名前が、実は英語読みではない、
マルティンルターと同じだったと知ったのは、本人の書いた本でした。
ノンフィクションは好きでよく読みますが、特に戦記ものは好きですね。
戦記ものでは、丁寧な取材に基づいた戦記小説も読みます。

戦記ものを読むようになったきっかけは、小学校4年のとき、あまりに本を読まないオイラに
親父が与えた1冊の本でした。
それが坂井三郎著「大空のサムライ」だったもんですから、事実と経験に基づいた記述が
これほど面白いのもなのかと、それ以来戦記モノを読むようになったのですが、実際に
従軍し本人が著作したもの以外、つまり丁寧な取材と多くの関係者よりの聞き取りを
行って書かれた小説以外は、資料と事実の表面的な記述に想像が加わるだけで、
あまり面白くありません。
やはり自分の経験を書かれたものが1番面白いと思うのですが、当然階級社会のことですから、
立場によって考え方が違うので、それが総意ではないことも踏まえて読んでいかなければ
いけないと思います。

さて昨今映画の世界では宇宙も海も「大和」ブームでした。
大和と言えば、当然日本帝国海軍の戦艦「大和」ですが、今でも世界最大の戦艦であることは
間違いなく、これより大きな戦艦は未だにありません。
現在戦艦を所有しているのは、アメリカしかなく戦艦ミズーリをなどを含む所謂アイオワ級4隻以外
ありません。
にこの4隻は全て退役、ないしはモスボールされていますが、1隻も廃艦になっていないのが面白いですね。
戦略上ではすでに海上では、戦艦という艦船の必要性は無きに等しいものですが。
湾岸戦争の時のように、プラットホームとしての容量の大きさと、電子機器に容易に置き換えることが出来る容積、
そして強力な海上打撃能力と防御力がありますから、取ってあるといえるでしょう。

さて戦艦大和です、有名な本としては最後の沖縄特攻に乗り込み生還した青年士官だった、
吉田満著の「戦艦大和の最後」でしょう。
その臨場感と過酷な戦場の描写は秀逸であると思いますが、実はこの本には異なる原稿が二稿あり、
最初のものはGHQにより発禁とされ、その改訂稿がその後刊行されました。
現在ではちくま学芸文庫「戦艦大和と戦後」保坂正康編で、両方読むことが出来ますが、
時間の経過がもたらした著者の心情変化も読み取れます。
もっとも有名なこの本は後、手首切断の記述に対してのその事実があったかなかったかの
論争を巻き起こします。

色々読んでいくと確かに戦艦大和やゼロ戦などに対する記述は多く、豊富に語られますが、
非常に少ない記述であっても興味深いものもあります。
例えば「戦艦武蔵」などもそうですね。
実は実際に連合艦隊司令長が座乗し、旗艦であった戦艦は、長門のあとは武蔵でした。
この事実は計画時からそうであったことが、この武蔵建造に関して非常に丁寧な取材と
資料をもとに、おもに建造に関して書かれた小説「戦艦武蔵」吉村昭著新潮文庫
詳しく書かれています。
最初から旗艦として建造されたため、司令長官私室などは木工調度に贅が尽くされ、
かつそれを民間会社である三菱重工が建造しているのが面白いところです。
大和はドック建造でしたから、水を入れれば進水できますが、武蔵は船台建造だっため、
進水までの多くの労苦と工夫を必要とし、艦を進水させるために様々な研究と工事施し、
最高機密保持とその管理の労苦は驚くばかりです。
長崎で建造された武蔵は、そのまま進水させると対岸に衝突してしまい、
それをどうするか、そして進水した後の機密保持をどうするか、そもそもそんなデカイものを、
どうやって就航まで隠し通すのか、興味は尽きません。
それまでの船台進水の記録はイギリスのクイーンエリザベスでしたが、それを大きくしのぎ
それに対する技術など全て手探り状態から始まっているのですから。
挙句に進水直前滑り落ちる船台に艦の重量が移されていく途中、ドックの床がその加重に
絶えられず裂けてしまうというアクシデントつきです。
「戦艦大和」はいろいろ多くの記述が残されていますが、レイテ海戦、それもその初頭に
撃沈されてしまった「武蔵」関しては、それほどスポットが当たることも少なく、
オイラはこの本を読んで、一気に「戦艦武蔵」にのめりこんでいきました。
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by jyai883 | 2011-02-19 10:58

やっぱり好みは変わるもの

自分の4速883で、ノーマルを無視してCRっぽいプラックレインレプリカを作ってしまい、
ボートテールのスポーツスターを何気にカッコイイと思ってしまっているオイラですが、
さらに嗜好が変わっているんだな~と、ここ数日考えています。
きっかけはこれ、近藤さんのブログに出ていたこれでした。

ヴィンセント ブラックナイト 黒騎士でございます。
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パッ見、スズキが出してこけてしまったSW1と同じようなのですが、
よくよく見ればハーレーのFLツアラー系と共通デザインだと思います。
サイドがフルカバーなので大きく印象が違いますが、
ではこの印象の違いはドコから来るのでしょう?。

それはやはり、身の細さだと思います。
車体が細いせいで、FL系が持ってる威圧感も感じないと思います。

1950年代のツアラーですから、着る物にこだわったのでしょうね、ドロやオイル、ガソリンなどで
服が汚れないようにこのスタイルになったのでしょうが、カバーやモールのラインが作り出す曲線が
何とも魅力的に感じるのは歳のせいでしょうか?(笑。
まあラビットに似てなくも無いのですが(笑。

平面に曲線を描くのではなく、複雑な曲面に走る直線的なメッキモールの魅力は、子供の頃に見た
アメ車のキャディーやTバード、ベンツの縦目などのサイドやテールモールを思い出し、
黒と言うある意味誤魔化しに効かない色の中で、アクセントとして非常に魅力的に思います。
FLのヤッコカウルを伸ばしてフェンダーにくっつけちゃったみたいなフロントフェアリングも悪くない。
同じバイクなのにFLのように、妙な威圧感が無く、実際人が跨ってもフェアリングは顔の下くらい
ですから、大きさもコンパクトでいいですね。
(ほぼノーマルの乗車画像が近藤さんのページにあります)

じゃあこれを何で作るかって話になりますが、幅が狭くコンパクトでそれなりに走るバイクなら、
もうスポーツスターでやるしかないでしょう(笑。
アイアンあたりなら、それほど高くないし、どうせ外装は何でもいいので、扱いを考えればグッド。
1200Lでもいいかもしれません。
タンクとシートカウルは、一貫性を持たせてデザインして、カウルももう少し出して流線型を
意識してやればいいですね。
そして色は黒。
モールは当然メッキでしつこくないくらいシンプルに入れたい。
エンジンはカバーしなくてもいいでしょう、熱的にきついので。

テールランプの赤とウィンカーの黄色がアクセントになるくらいモノカラーで行きたいですね。
しかしこんなこと考えて何だな~と思うのですが、スポーツスターでツアラーを標榜するなら、
これくらいやってしまってもいいんじゃないかと思いますね。
マークはタンクエンブレムで決まりでしょう(笑。
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by jyai883 | 2011-02-17 08:59

パッと見

72か77なのですが・・・?。
エキパイ4本あります(笑。
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そして良く見ると・・・?。
このキックどうやって踏むんだろう?・・・踏まないのか(笑。
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by jyai883 | 2011-02-14 20:44

確かにこりゃ~

強烈だよね~。
2000ccオーバーのマッスルバイク!。
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詳しくはこちら
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by jyai883 | 2011-02-13 20:28

今だからカフェレーサー?

バイク雑誌を全然買わなくなって以来、極々稀にプラッと入った本屋で立ち読みする程度ですが、
車両や環境を考えると、今はスタイルカスタム的なカフェレーサーは、非常にやりやすい状況に
あるし、需要もあるのではないかと思います。

吊るしが一番の方は、それはそれで尊重しますし、昨今の法的規制の厳しさと、それに対する
対応の難しさを考えれば、確かにそうです。
でも実際カッコイイバイクに乗りたいのは、バイク乗りなら誰でもどこかに持っているでしょうね。
今は機構的な変更は難しいですが、スタイル的なカスタムならやりやすい環境でしょう。
ちょっとカスタムから、外装丸取替えまで、ちゃんと作れば車検もとりやすいですし、
ベース車両も最近充実してますから面白いですね。

ドカティなら、もう販売を終了したと思いますが、ネオクラシックシリーズはやりやすいですね。
ポールスマートはあのままですが、スポーツ1000やGT1000なら、普通にロケットカウルに、
シングルシートでアッと言うまに、900SSの世界でしょうね~。
まあ限定車ですから、玉がないのが玉にキズ(笑。

グッチは堂々とV7をラインアップしてきましたし、カフェもありますからカフェなんかビキニカウル
つければもうそれでOKくらいでしょう。
性能云々はありますが、そこにこだわるならば最初からSSに乗ればいいのですから、
公道を気分良く、お気に入りのカッコイイバイクで走るのがいいでしょう。

BMは現行モデルでは余りにいじりづらいので、どうしても旧型OHVのRシリーズになりますが、
好き嫌いはありますが、あの独特の感覚は捨てがたいですね~。
最終的にはR100Sもありましたし、90年前後で再販もされていましたから手に入れやすいでしょう。
ノーマルタンクを強調し、ちょっと前後に詰めたカフェカスタムは、外国でも良く見るカフェスタイル
です。
ただ問題は玉はそこそこありそうですが、ここ数年相場が上がり、中古のスポーツスターと同じくらいに
なってしまっているので、以前ほどは手を出しづらいですね。
前はディーラーの正規中古でも50000km代くらいのR100が40万代でごろごろしてましたが、
最近は今のライナップになじめない方が、そちらに行っているようで、相場は高めです。

グッチと同じようにほぼレイアウトの変更が無いのがトライアンフのボンネビルでしょう。
ラインナップには最初から、カフェやスクランブラーがありましたし、車体構成はありきたりな、
バイクのスタイル(最近はこちらの方がめずらしい)ですから、やりやすいでしょうね。

さてハーレーですが、XR1200がそうだと言えばそうですが、オイラはスポーツスターでやりたいですね(笑。
今はインジェクション用のダークホースキットタイプ5がありますから、XLCRは簡単に出来ます。
問題はカスタムスタイルの傾向が強まってしまい、STDな車体がないことの方が問題でしょう。
価格的にはアイアンでしょうかね~、それでも短足CRですね(笑。

ここまでクラシックカフェにこだわりましたが、もっと自由にやってもいいでしょうね。
ただスタイルカスタム、全体のバランスやパーツの建て付けも重要視しないと、どこかの張りぼてバイクに
なってしまわないとも限らないので、注意が必要です。
しっかりした外装と安全性を両立させて、公道楽しむクラシカルなカフェレーサーは、人がなんと言おうと、
ゆっくり走っても、その気になっても気分はいいですね。

今の状況はオイラがスポーツスターに乗り出した頃は、夢のようでした。
今だったらハンドル変えてもそのまま行くなら構造変更してしまえばよいですが、車検の度に
パーツをとったりつけたり面倒でした。
ちゃんとした車検がカスタムで受けることが、可能な状況は素晴らしいと思います。
当然それに関しては、安全性や構造が求められるのは当然のことで、何でもかんでもOKなわけでは
ありませんが、自分の気に入ったスタイルのバイクが作りやすくなったのは、良いことですね。

一番いいのは同じバイクでカフェスタイルとSTDの両方もてればいいのですが、
それが最も難しいかもしれません(笑。
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by jyai883 | 2011-02-13 09:37