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戦争映画を考える2

まず何から行こうか考えました、最初はスティーブンスピルバーグから行こうと思います。

何で監督なのって話ですが、近年トムハンクスと組んで作られるTVシリーズが、あまりにすばらしい
デキなので、少し考えてみようと思いました。
近年は「プライベートライアン」や「バンド オブ ブラザーズ」で有名なコンビですが、いつからこんな
映画を撮るようになったんだろうと考えることがあります。

スピルバーグだと以前は「太陽の帝国」や「1941」があり、太陽の帝国では少年の目を通した
戦争の中の兵士の個人的な部分を、1941では真面目であるがゆえに起こりえる滑稽さを
痛烈なパロディーにして、ともに反戦的だったと思います。

大きく変わったのは「シンドラーのリスト」からでしょうか?。
あの映画を初めて映画館で見て、ヤニ切れを起こして一服するタバコでくらくらしながら、
最初に思ったのは「ドキュメンタリー?」って思いでした。

この作品からスピリバーグの映像が変わります。
カメラは場面ごとにではなく、役者と共に移動し、傍観者として存在し、目の前の事実のみを
スクリーンに映し出すようになったと思います。

多くの戦争映画のばあい、よく実写フィルムが挿入され臨場感を高める効果として使われますが。
これ以後のスピルバーグの映像は、ドキュメンタリーにドラマが挿入された感が存在するでしょう。
カメラはあるときは傍観者として、あるときは部下の目として、あるときは主人公そのもの目として
存在し続けます。
そしてそこに映し出されるシーンは、徹底的なリアリズムに彩られ、「本当に殺してるの?」と
思わせるシーンが続出します。

この頃よりフィクションでありながら、事実を映像として残したいという思いを感じるのは、
オイラだけなのでしょうか?。
ドラマも断定的ではなく、結論は常に観客に委ねられます。
ドラマの結末に善悪も正否もなく、それを淡々と事実として伝える手法は、かえって多くの観客の
心を捉えていると思います。

「プライベートライアン」では冒頭の20分の上陸シーンにそのすべてが良く現れています。
アメリカ第5軍の上陸受け持ちエリアだったオマハビーチ。
その第一陣におこった、徹底的な戦闘。
作戦の不徹底と指揮系統の混乱、初期における多くの指揮官の戦死などで大混乱に陥り、
まさに殺戮の場と化した状態を、何の感情もなくただ事実として映し出したため、その迫力は
どんな戦闘場面より恐ろしいものになっていると思います。

実際の戦闘は生き残った陸軍兵士とレンジャーによって継続され、一時は放棄も辞さなかった
司令部が継続的に支援を続けた結果、何とか上陸攻撃を果たすのですが、第一波で上陸し、
第2波の舟艇で逃げ帰ったロバートキャパのピンボケの写真に映し出された事実が、
そこに映像として表されたことは、大きな衝撃でした。

この頃からスピルバーグは事実としてのドキュメンタリーを残そうとしているのでは?、と
強く思うようになり、そこで見たバンドオブブラザーズは、まるで自分が部隊にいるように展開する
ドラマに観客は引き込まれていくことになるのでしょうね。

再び事実を見ることはできませんが、事実を考えることは出来ると思ったのでしょうか?。

今やっているWOWWOWの新しいドラマは、ぺリリューから沖縄まで続く海兵隊の話です。
うちは契約していないので見ることができませんが、このドラマの中ではアメリカから見た
当時の日本が描かれることだと思います。
多分そこには、事の正否や善悪はなく、国家のために戦ったものと、戦争によって殺されたものが、
ただ事実として描かれていることだと思います。
by jyai883 | 2010-08-19 12:55
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